GUEST ROOM38
Faye様が、早乙女さんのお誕生日祝い用にお書きになったSSを、
こちらにも、置かせて頂くことにしました。
登場キャラの『club DANDY』オーナーは、Faye様のサイト「有罪マニア」での
エスケ作品「城-STAGE」でも書かれている、オリ・キャラです。
切なくも、ロマンティックなお話、お楽しみ下さいませ。
「双月-TWIN MOON-」 作・Faye
「あのさ。あんまり小煩い嫁さんみたいな事言うのはイヤなんだけどね…」
「ん?」
「もう10ヶ月くらい経ってるじゃん?」
「何が?何が10ヶ月なんだ?」
「だからさ、あっちの部屋のダンボールの事。あれはいつ始末する予定?封印するなら物置に入れるし、
捨てるならそれでいいし。どっちか言ってくれりゃ、俺がやる」
「ああ、あれの事か…」
同棲してずっと、元基が気にしていた一個のダンボール。
引越し後一度、悦史は確かに中身を確認したはずだが、それを結果的にどうにも対処しないままに
なっていた。
「捨てようとは思ったんだ。だが、どれを捨ててどれを取っておくかの選別する時間が――ない」
悦史の言葉に元基は眉をしかめた。
(嘘つけ。やる気出せば時間はちゃんと作れるはずだぜ)
そう思いながらも追い討ちをかけるように意見はしない。
それが元基の悦史に対するスタンスだった。
いちいち細かく言われる事は好まない男だと知っている。
一度今のように釘を刺しておけば、それでいいのだ。
「明日…始末する。だからもう…寝るぞ、ほら」
悦史はそう言ってベッドから元基を見つめる。
ちゃんと元基がベッドに入れるように、上掛けをめくって呼んでいるのだ。
「あ、悦史さん…寝るの?小腹減らない?なんか…食べようかと思ってたんだけど…寝る?」
「こんな時間にものを食うな。ボディに影響が来るぞ?」
「そんな柔なプロポーションじゃないよ。日頃の鍛錬なめないで」
若い元基は仕事の後に腹をすかす事がよくあるのだ。
むろん元基は寝る前の食事でウエイコントロールが乱れるような体質ではないが。
「ダメだ。俺が眠れないだろう?ほぅら…早く来い」
「…ちぇっ。我侭なんだから…あんたって人は」
元基は仕方なくベッドに滑り込んだ。
待ってました…と言わんばかりに、悦史は元基の腕を取り、自分の頭をそこに乗せる。
元基が悦史を腕枕して眠るという図式は、もう二人の無言の約束事だった。
そして今では、そういう状態でなければ、悦史の安眠が訪れない状況になった。
それが自分にとって嬉しい事だから、元基はもう悦史を怒れない。
このまま他の誰かとじゃ絶対眠れない悦史でいてくれたら、願ったり叶ったり…である。
「悦史さん?腹が減ってるんだ。夜食がダメならあんたを食うぞ?」
「フッ…馬鹿だな、元基」
「馬鹿って……ひでぇなぁ…そういう言い方……うぅぅんんぐっ!」
突然元基が言葉を失ったのは、悦史に唇を塞がられたからである。
「んん…うん…ぐふっ…」
バダバタ慌ててしまうほど、元基がベッドでの睦み合いに慣れていないわけもないが、
突然過ぎる悦史の接吻。
いつだって求めるのは自分からなのに、悦史からこうされてしまうと戸惑ってしまう。
唇をこじ開けられたり、髪をつかまれたりする強引さはちょっと珍しいシチュエーションだ。
舌がからまりあった後、悦史は元基の片腕を取った。
そして悦史自身の乳首に元基の指を強引に這わせた。
(な、何?どうしてそんなに積極的なんだよ?)
元基はかなり押されぎみ。しかし悦史の乳首はコリコリともう育っていた。
(うわぁ…この人ってばもしかして…)
元基が頭でいろいろ考えようとすると、続いて悦史は徐に元基の下半身を物色。
下着の上から元基の某所を掴む。
「うぁぁっ!ちょ、ちょと…悦史さん、そんなにムンズと掴まれたら…っっ」
やっと唇を離して元基は抗議した。しかし、悦史は信じられないほどの甘い声で言う。
「これが欲しい。だから寝ようと言った。…イヤ…か?」
「え…」
イヤなはずがない。元基はいつだってすぐに悦史に欲情するのだから。
「じゃ、本当に自分を食ってもらおうと考えてたの?」
「ああ…そのつもりだった。今夜店からずっと…そう予定してた」
「はぁ…確信犯だったわけ?仕方ねぇなあんたは」
「俺はお前には我侭を言う。いけない事か?」
ちょっと拗ねた声を出す悦史は、完全に確信犯。
だが元基は笑うのだ。笑ってこう言うのだ。
「いいや。もっと我侭してよ…俺には…ね」
元基の返事を聞くと、悦史は笑って身体を動かした。そしてツツツ…とその身体を元基の下半身へと。
完全に膨らんだ元基の下半身の前に跪いて、そこに接吻した悦史だった。
元基をはぐらかしたかったわけではない。
あのダンボールの始末が出来ない自分に苛立ってはいたが、別に誤魔化したいからセックスに
逃げたんじゃない。
悦史はそう思いたかった。
元基の熱い塊をしゃぶり、ねぶる自分。
そして数分後にはこれを己の身体の中に引き入れるだろう。
――確認がしたい。
自分の中にはもう元基しかいないという事を、今一度。
ただそれだけ。
とてもいけない事ではあるが、今記憶に蘇るあの頃。
元基に対して失礼であり、ある意味裏切りにも似た行為。
けれどこの時期になると必ず蘇る…少しだけほろ苦い思い出。
それが悦史を過去に誘って行く。
「大盛況ですよ、オーナー。今月の売上は予定より20パーセントも上回っていて、この月半ばじゃ
考えられない数字です」
マネージャーはホクホク顔。
その報告を受けるオーナーもまた同じように微笑んだ。
「この店は私の道楽で始めた店とは言え、スタッフがあまりに優秀なものだから、うちの店舗中では
ダントツのヒットだ。嬉しい悲鳴を上げさせてもらおうか」
「貢献してるのはむろん――麗士ですよ?どうか特別ボーナスを彼に」
マネージャーは現在ナンバーワンを誇るホスト、早乙女麗士を見て笑った。
しかしその麗士は非常に控えめに返答した。
「良いタイミングに恵まれただけです。俺はいつだって精一杯なんですが」
「おいおい、麗士。未だに余裕…って顔で働いているように見えるんだが、違うのか?」
「それはマネージャーの思い過ごし…でしょ?俺はただラッキーだっただけですから」
「あのドキュメント番組の事か?あれで取り上げられたから確かにうちにお客様が押し寄せはしたが、
取材を申し込まれた原因は、麗士の評判なんだぞ?お前、もう少し自信を持ってもいいんじゃないか?」
「いいえ、とんでもありません」
マネージャーと麗士の会話に、たまらずオーナーは横槍を入れる。
「そのくらいにしておけよ、マネージャー。早乙女が奥ゆかしいのはいい事だ。年上のホストも結構いる中、
ナンバーワンがこれみよがしに威張るのはどうかと思うからな。それにこの控えめな発言が女性達には
たまらないんだろうから」
「…オーナー。俺はそんなに控えめなんかじゃないですよ」
ナンバーワンホストの麗士はそう力なく言った。
オーナーは笑いを止めて、マネージャーは沈黙。
そんな空気を察して、オーナーは言った。
「マネージャー、私はデイジーゲイト≠ノ行く。ちょうどいいから早乙女も連れ出すがいいか?」
「あ…いや…麗士に予約がなければ、店は大丈夫ですが」
マネージャーはチラリと麗士を見つめた。
「お客様のご指名はかかってますが、すべて深夜の約束ですから、数時間は大丈夫です。
オーナーのお伴…いたしますよ」
「…これで話はついたな?何かあったらあちらに電話をくれ」
「ええ、わかりました。いってらっしゃい」
マネージャーに見送られて、オーナーとナンバーワンホストは、クラブDandyのドアを出て行く。
町の空は午後20時の闇。
二人が向かう〔デイジーゲイト〕とは、オーナーが所有するダイナー兼パブ。
二つ通りを越えた場所にある。
クラブDandyの店先に停めた高級車は、オーナー所有のものだった。
オーナー専用の運転手が、すかさず後部座席のドアを開ける。
その時咄嗟に、早乙女麗士はオーナーの腕を軽く掴んだ。
「どう…した?」
「気持ちの良い夜です。…歩きましょう?オーナー」
極上の微笑みで早乙女麗士に見つめられ声をかけられるのは、何もご婦人方だけが
好むシチュエーションではないようだった。
オーナーはその微笑ながら美声で話し掛ける早乙女麗士が気に入っていたので、すかさず運転手に
振り向いて言った。
「車はもういい。今日は使わないから…」
そう言って運転手に背を向けて、早乙女と二人町を歩き始めた。
「ふふふ…。ねぇ?軽い運動くらいしないと…。あなたは車の移動が多すぎるから」
「だからちゃんとジムに行ってるじゃ…」
「俺が誘わないとサボってる。…知ってるんですよ?あのジムのインストラクター達は俺に親切に
伝言をくれるんですから」
「…ああ、あんなところにまでフェロモンを巻き散らしてるのか?まったく…」
「俺は――騙せない。忘れちゃいけませんよ?オーナー」
「わかっ……た」
やれやれとため息をつくオーナーは、とても三十半ばの男性には見えない。
若い早乙女に咎められる様子は、母親に叱られた子供のようだった。
並んで歩く二人の男はとても目立っていた。
長身の早乙女よりもほんの少しだけ更に上背があるオーナーは、かなりの二枚目だ。
大人でやり手の実業家。財産も稼ぎもあるので余裕ある顔つき。
黒髪はきちんとバックに流されていて、黒いスーツがとても似合う。
イタリ―製らしきそのスーツ。オーナーのお気に入りはアルマーニ。
そして漂う香りは薔薇の香り。
それは早乙女麗士と同じコロンだった。
「来週水曜日…空けておけ。平日だが休みを取るんだぞ?」
「水曜日は……ええ、大丈夫ですが、一体…」
「お前、自分の記念日を忘れているのか?」
「いえ。俺の誕生日はその翌日ですよ、オーナー」
「そんな事は知ってる。売れっ子のお前の誕生日に店を休ませては、女の子達が泣くだろう?
本物の誕生日は彼女達に祝わせてやるがいい。だから…」
オーナーは真っ直ぐに前を見ながらそう言った。
早乙女は横目でチラリとオーナーを見て、やがてクスっと笑う。
「お祝い…してくれるんですか?わざわざお忙しいあなたが?」
「なんだ。不服でもあるのか?」
「いえいえ。嬉しいですよ。ただ…すっぽかされなきゃ…ですけど」
ちょっと皮肉ってみる早乙女。
「嫌味な態度は去年の仕返しか?」
「ああ!それもあるな。でも一昨年の分もありますからね」
「一昨年(おととし)!?そうだったか?俺は二度も反故にしたか?」
「それさえも忘れてるんですね?まぁ、事情もあったわけですから、仕方ないけれど…今年も
同じようにされたら…俺、あなたを――刺しますよ?」
「お、おい…凄みのあるそういう言い方は、や、やめてくれよ」
「ふふふ…本気なんですけど?」
穏やかな顔にクールな喋り方の早乙女。
それにかなり慌てているオーナーは、やはり二人の時は可愛らしいのだ。
やがて目的の店に到着し、ふたりは店内に入っていった。
流石にオーナーの所有の店。
すぐさま店員は二人を奥まった席に連れて行く。
「早乙女さん、今晩は!先週も出てたでしょ?深夜番組。カメラ映りも芸能人なんかメじゃないですよっ!」
案内しながら店員は、有名人¢♂ウ女にそう声を描けた。
「早乙女のフェロモンはテレビのブラウン管も汚染したようだ。マネージャーが問い合わせの電話に
四苦八苦らしい」
「オーナー…、人をばい菌のように言わないでいただきたいんですが」
「フェロモンはばい菌じゃないな。人々を幸福にするウィルスだ。はは」
奥の席は通常予約席で、外の喧騒をシャットアウト出来る場所だった。
席に着くなり、オーナーはメニューにかぶりついた。
「腹が減ったな。考えてみれば朝から何も口にしていなかった」
オーナーはそう呟いて、すぐに『しまった』と思う。
案の定早乙女の眉が吊り上がった。
「あなたという人は…。何度も言ったのに、まだそんな不摂生を!?」
「ホストのお前が人を不摂生と言うのも説得力がないぞ?そんなに目くじらを立てるな」
「いいえ。俺は俺で人とは時間がずれた分、食事と睡眠はバランス良く考えて暮してますよ。
あなたとは違う」
「はいはい。まったく、小うるさい小姑みたいだな、お前は」
「オーナー?早乙女さんには逆らわない方が良いと思いますよ」
デイジーゲイトの店員も、早乙女に加勢した。
「ふん。ここも早乙女ファンの宝庫だったな。…わかった、わかった。明日から充分に気をつけるから」
「絶対ですよ、オーナー?」
上目遣いで早乙女は懇願した。
店員の前なので、口には出来ない言葉を込めて…
(あなたの素晴らしいその身体が、痩せ細るのは辛い。俺を愛してくれる…その身体が)
高校生の時から、歓楽街に出入りしていた早乙女だった。
少し不良じみた印象はぬぐえなかったが、警察にやっかいになるような事はしない男だった。
要領がいいと言うわけでなく、頭の良い男≠セったという事。
ワルの勲章は一文の得にもならないとわかっていたし、自分は単に酒とタバコと夜遊びが
出来ればよかった。
不良たちとも仲良く出来るが、決してその不良たちが彼を悪事に誘う事はない。
早乙女麗士…本名佐藤悦史はそういう意味で、既にその頃からスペシャルな男だったのかも知れない。
女には当たり前のようにモテた。
普通じゃない。かなりのモテ方だった。
近所での評判が良いのは、母親世代が悦史の容姿と体裁の笑顔に巻き込まれたから。
学校の女教師、アルバイト先のオーナーの妻、上級生、近隣大学の女学生。
女性遍歴はかなりのもの。
しかし、修羅場を招かないという結果を考えると、十代から相当遊び方を知っている
頭のきれる男だったのかも知れない。
クラブDandyのオーナーと出会ったのは、高校卒業間近の頃だった。
黒スーツを着こなす長身。足の長いハンサム。
高級なスーツなのに、ラフにポケットに手を突っ込んで歩く。
内ポケットからタバコを取り出して、カチンと鳴らす高級ライター。
まだ17歳ほどの悦史には、それはまるで違う世界の動物のように見えた。
『いい顔してるな。その目が――いい。お前、その身体、俺に預けてみないか?こんな所で
遊んでるんじゃ、勿体ない』
それを人はスカウトと呼ぶのだろう。
だが悦史はこう感じた。
(俺はナンパされてるんだな。男に…)
悦史はこう答えた。
『じゃ、お兄さん…俺と寝てみる?いいよ俺。男とは経験ないけどね』
悪戯を装いながらも、悦史は結構本気で言った。
しかし直後に相手は大笑いして座り込んでしまい、それが非常に悦史のプライドを傷つけた。
それでもその男に着いて行ったのは仕方ない。
多分悦史はその男にひとめぼれしてしまったのだ。
直後、クラブDandyの元となったパブに、綺麗な男の子が入店した。
名前はどうやらスカウトしたオーナー直々につけたらしい。
早乙女麗士。
これでもか…というほどのベタベタな名前に込められたオーナーの愛着。
『こんないい男はこの世に他にいやしないだろう?いるならいますぐここに連れて来てみろ!』
傍で聞いている早乙女麗士は非常に照れて参っていたという。
その少しも自分に触れてくれない無神経なオーナーを、それから数年後早乙女は押し倒して、
見事ノンケのオーナーの恋人のひとりに納まった。
オーナーは夜の世界の遊び人であるから、自分だけのものには出来ないと知っていた。
他に女性の恋人も幾人かいたと知っていても、早乙女はさほど気になりもしなかった。
たぶん――オーナーが一番愛でているのが、自分だと薄々と知っていたからだろう。
それほどに早乙女麗士は眩しいほどに美しい男だったのだ。
少しだけ酒が入って心地よくなる。
早乙女はこれから店に入らなければならないので、かなりセーブしていたが、オーナーは違った。
大分ピッチも早く、早乙女は心配になる。
「もう少しゆっくり飲んだ方がいい。あなたは酒には強いけれど、今日はかなり疲れているでしょうし」
「いいんだ。わかっていて飲んでいる。大切な話があるんだ」
「お話を?俺に?」
「ああ」
オーナーは現在グラスに入っている分をすべて一気に飲み干す。
カタンとテーブルにグラスを置いて、決心したような顔つきをした。
「早乙女。昨日までに雅美と佳也子と別れた。少し金はかかったが、とりあえず――別れた。
あとは涼子だけだ」
「…仰る意味がわかりませんが?どうして急にガールフレンドを清算しようなどと?」
「だから、お前ひとりにしぼろうと思った。なんだか最近こう思うんだ。お前と時間が合わないから、
せめて同じ家に住めたら…と」
「………!?」
「どう思う?早乙女…いや、悦史」
そんな風な切り口で来るとは予想もつかず、早乙女は静止してしまった。
この男を独占しようとは思わなかったし、自分を独占しようとこの男が思うとも考えた事もなかった。
だがひとつだけはっきりしている事はある。
(俺の事を大事に思ってくれている。この人はそう思ってくれている)
それはとても嬉しい事であって、抗議する事などひとつもない。
だが早乙女も初めて出逢った頃の子供でもない。
早乙女は知っている。
このオーナーの財産。家族に継いで行くべきものの大きさを。
だから…
「お気持ちはとても嬉しいです。俺もあなたと触れ合う時間が増えるのはとても幸せだと思います。
けれどそれは工夫次第でどうにかしていける問題です。どうか俺に気遣う事はなく、今までのように。
あなたの美しい恋人達はとても素敵で理解ある方達ばかりだし、俺の為に別れる事なんか
ひとつも――ない」
「違うぞ、早乙女。俺がそうしたいんだ。男であれ女であれ、俺が出会った中で一番しっくり行く関係を
もてたのは――お前だけだった。俺もこんな年になってそれがわかったという事だ。決して思いつきや
気まぐれでこんなことは言えない」
「でも…」
「お前の誕生日に、俺達が住む部屋のキーをプレゼントする。もうそれは決めた!撤回はなし!
いいな?」
「ちょ、ちょっとそれは強引で…」
「問答無用だ。悦史、全部俺のものになれよ。なって――くれ」
オーナーはテーブルの隣に座る早乙女を抱き寄せた。
たぶんこの席には誰も来ない。
しかしオーナーはこんな場所で早乙女とスキンシップする男ではなかった。
そんなオーナーなのに今はこんな状態で…。
「誰かに見られますよ?」
「別にいいさ。俺は構わない」
オーナーは公衆の面前ではわたし≠ナあっても、早乙女の前では俺≠ェ一人称。
それは早乙女が少し幸福を感じる部分だったし、もう少し立場と対面を気にした方がいいと危惧しても、
自分への好意を隠さないオーナーをも好きだった。
ほんの少しだけ早乙女は思った。
ほんの少しの…後ろめたさ。
オーナーが好きだ。
彼に対して性的にも魅力を感じたと知った時から、早乙女こそ歯痒いプラトニックから脱出する為に
オーナーをクドいて深い関係に導いたものだ。
オーナーは尊敬出来、憧れる男。
その男の一番≠ノなれる事は早乙女の自尊心をくすぐった。
手に入れた…という満足感も確かにあったし、オーナーの世慣れた床技も気に入っていた。
しかし、このオーナーという男が自分の唯一の男だという決定的な気持ちは、まだ早乙女には
出来上がっていなかった。
二人の間に存在するものは、確かに恋である。
恋が出来上がるまでのルートは千差万別。
〔あこがれ〕〔同じものを目指す瞳〕〔ライフスタイルの類似〕
それが恋に発展したとしても、愛≠ノ仕上がるかはまた別。
(俺はオーナーを愛しているのだろうか。大切で一番好きで…けれど、ならばどうして…他の女達との
関係を清算する彼を歓迎していないのだろう)
早乙女の心に依然存在するその事が、オーナーの完全なる求愛に手放しで喜べない結果になっている。
「お前は気遣いが過ぎる男だ。まぁ、それがあるから客商売で成功をしているんだろうが。でもな、早乙女。
それを俺といる時にまで使うなよ。今俺といるのが心地よければ、それに委ねればいい。
先のことまで考えて動くのは、年長者の俺の方の役目だ」
「そんな…こと」
「…わからずやのお前には口じゃ無理だな。ともかく…だ。来週の水曜日、お前は仕事を休んで自宅にいろ。
俺が行くまで家で待っていろ。いいな?」
「強引ですね。我侭で困った人だ。でも、いいでしょう…待ちましょう?」
色気の有る声。上目遣い。若い早乙女麗士の得意な視線。
「おいおい。そんな目つきで見ると…店に返さないで上(ホテル)に連れ込もうかと思ってしまうぞ」
「それは勘弁してください。このあと俺を待ってレディが数人ダンディにいらっしゃるんですからね。
ホストがお客を放り出して、店のオーナーと裸の付き合いでくんずほぐれずでは、困りますから」
「―――ったく、少しは冗談でも『好きなようにして』とか何とか言えよ、早乙女」
「それは無理。生真面目なもので…ふふふ」
オーナーはきっと早乙女の誕生日の前日、二人の部屋に連れて行き、お揃いのホルダーをつけたキーを
プレゼントするだろう。
そして、二人の為のベッドは、オーナーの好みの濃ゆいデザインで、そのベッドに裸の早乙女を
横たわらせて、一晩中愛するのだ。
早乙女麗士はそう思い浮かべた。
オーナーへの気持ちが、まだ愛と呼べるものでなくとも、オーナーを好きな気持ちに偽りはない。
だから単純に嬉しかった。
嬉しいと…思った。
時計の針は22時を差していた。
早乙女は絨毯の上に寝そべって、何度目かの視線を時計に送っていたところだった。
(あと二時間で本当の俺の誕生日が来てしまうんですが…オーナー?)
あの男のことだから、水曜日と来れば23時59分までが水曜日だとかなんとか誤魔化すと思う。
だから早乙女はクスっと笑った。
平日こんな風にひとりぼっちで部屋にいる事などなかった。
自室の窓から見える月光をじっくり眺める機会も珍しい。
月を眺めて思う事しばし。
(あれは――)
少しだけ眠気が訪れたものだから、月がダブって見え始めた。
(双月。まるでそう見えるな)
タブついた月は双子月に感じられた。
そしてそれを見て突如思う。
寄り添ってぴったりと存在する二つの月。
同じ位置にいてこそ感じあうお互いの存在。
だが結果的に夜明けとともに訪れる太陽――日の光に隠れて行くのだ。
月は太陽に憧れて、太陽もまた月を求める。
大空、宇宙に存在し、似ていながらもまったく違う光を放つ月と太陽。
(俺はあの人の太陽だとは言えない。そしてあの人もまた俺の太陽じゃなくて…)
たぶん…
二人は同じ月。双子月。
同じ道を目指しながら共鳴しあう者。
似ていすぎる二人の間には強い情≠ェ育つのだ。
二人がもしも暮したら、たぶん最高のパートナーかも知れない。
ツーカーの中で会話も多くを求めずとも考えを分かり合えたりして。
だが早乙女麗士がプライベートの空間に求めているものとは…
RuRuRuRu…………
ディスプレイには待ち人の名前が表示されていた。
(『遅れる。悪いな』と言ってくるのか?それとも派手好きな人だから、『窓の外を見てみろ』と言って
薔薇の花束でも抱えて手を振っているのか?)
早乙女は微笑みながら受話器を取った。
「はい。早乙女です」
『悦史。…遅くなって悪かった』
「いいえ。構いませんよ、それより…」
『―――涼子が妊娠した』
「…………」
会話が途切れたのは当たり前だった。
話術にも長けて、ジョークも美味い早乙女麗士でも、無言にならざるを得ない時はある。
何か相手に聞きたい事も、言っておきたい事も何も浮かばない。
予想していない相手の声と言葉は、早乙女麗士を無口にさせる。
『何か…言ってくれ。俺は今お前に伝える言葉が思い浮かばない』
オーナーはそう言った。
だが、麗士はオーナーにこそ言いたかった。
(言葉が欲しいのは俺のほうだ。俺に何かを求めないでくれ。あなた特有の我侭さを、こんな場面で
まだ突きつけるのか?)
だが早乙女麗士は自分の我侭には気がつかない。
ただ、今この時は辛い目に直面しているのは自分だと思う事しか出来なかった。
本当はもしかすると…
情の重いオーナーこそが、知らずに辛い立場だったのかも知れないのに。
早乙女はオーナーの思いに100パーセント答えられないと思い続けてきた。
同じテリトリーに立つもの同士の感情が成り立っても、それが盲目的に相手を愛している℃魔ニは別で、
どこかで本当に自分の愛する相手が別に存在しているかも知れないと、そう思っていたのは
早乙女の本音だから。
俺の全部はやれない。でも俺を思っていて欲しい
その早乙女の感情こそ、何よりも我侭である事を、本人は気づかない。
それが早乙女麗士の若さだ。
『悦史…』
オーナーもまたその先の言葉を見つけ出せないまま。
『悦史…』
二度目に呼ぶ愛しい男の名前。
そこにはオーナーの口に出せない真実が宿っている。
愛しているのはお前なんだ。だがどうにもならない事もある…≠ニ。
早乙女麗士は気遣い屋。
そしてとても気障(キザ)な男だ。
今は誰もが思う早乙女麗士で答えようと思った。
それしか今は浮かばない。
「後継ぎは大切ですよ、オーナー。そろそろ正式にご結婚されてもいい頃だ。いいきっかけが
出来たじゃないですか?涼子さんは素晴らしい女性です」
たぶん…
そんな言葉を望んではいなかったオーナーだろう。
もしも早乙女がこう言ったら…
あなたは俺だけのものではなかったんですか?俺が欲しいなら、女は全部捨ててください
そう口にしたら、オーナーはきっと身ごもった女を捨てただろう。
責任はとったとしても、やはり早乙女を一番の席に置きたがっただろう。
けれどそれを望む言葉は、決して早乙女の口からは出てこない。
「おめでとうございます。お父さん…ですね」
そんな望まぬ言葉しか出ては来なかった。
『お前の気持ちはその言葉に詰まっているんだな?』
「ええ」
『わかった。祝いが出来なくてすまない。今夜はいけそうにも――ない』
「構いませんよ。涼子さんの傍にいてあげてください。俺はまた…逢えますからね、ダンディで…。
また、遊びにいらしてくださいね」
早乙女の言葉に対してオーナーから返事はなかった。
電話は切られていないのに、言葉はなかった。
そしてそれが数十秒つづいた後、カチャリととうとう電話が切られた。
ツーツーツーと虚しい音がした。
大きく息を吐いて、早乙女は窓に近づき空を見上げた。
双月よ。
お前は俺とあの人だったんだ。
共鳴し合っても求め合うのではなく、ただ同じフィールドで生きる男同士。
憧れが恋に変わりはしたが、結ばれる事はない。
同じ場所に居過ぎたんだ。
そして…
俺はあの人を誘惑して、求めさせて、でも…自分のすべては明渡さなかった。
だからこそ、今はじめてあの人に対して誠実に向き合ったよ。
どう考えたって、あの人は女房と子供といるのがいい。
俺はいいんだ。
俺はあの人と同じ世界で生きて、とても親しい秘蔵っ子という立場でも満足出来る。
そんなレベルで付き合っていたのかも知れないさ。
俺の方が――数倍酷い事をしたんだよ。
ただ…
ただ…
ひとつだけ残念なのは、また今年も誕生日はすっぽかされた。
一度くらいあの人とこの部屋で、月光を眺めながらひとつ年齢を超えてみたかった。
それだけは本当に本当の…俺の本音だ。
オーナーと早乙女麗士は、二度と肌を合わせる事はなかったが、周囲が何一つ気づく事もなく
その後も親しくしていた。
オーナーへの結婚祝いも長男の出産祝いも、早乙女は率先して行った。
翌年出来た長女は、御年3歳になった頃、早乙女麗士に抱き上げられる事を強く強く求めるほど
おしゃまな子で、早乙女もまたそれを気に入っていた。
二人の固い絆は変らなかったのだ。
しかし、時々オーナーがしんみりと早乙女を見つめる瞬間は、誰にも知られぬままに。
それから早乙女麗士はずっと誕生日を誰かと二人で過ごす事は一度としてなかったと言う。
『いい?悦史さん。俺が帰って来たら速攻で外にデートに出るからね。待ちくたびれて
出かけたりしたら、俺許さねぇから…。勤労学生だから、何もあげられないけど、あんたの誕生日は
俺のものでもあるんだしさ』
(俺の誕生日は俺のものじゃ…ないのか?)
悦史は一応そう反応した。
菊男水泳部後輩の試合観戦に出かけた元基が帰宅する前に、悦史はダンボールの中身を
なんとかしようと躍起になった。
だが人間とは不思議なもので、懐かしい品物ほどひとつひとつ手に取って想い出を辿ってしまうものだ。
今悦史が手にしていたのは、Dandyが動き始めた頃のスナップ写真だった。
今よりも短く、色はもっと派手な髪型。着ているスーツはちょっと頑張りすぎのイタリー製。
オーナーからのプレゼントだった。
マネージャーと自分と…同期のホスト数人。
そして――あの人。
今まで気がつかなかった事がある。
写真のオーナーの左手は、力強く早乙女麗士の腰にまわっていた。
そんな事をもう何年も経てから気がつくなんて…
悦史は苦笑いするしかない。
そして過ぎ去った過去の恋に敬意を持ってこう呟く。
(好きでしたよ。あなたがとてもとても…。俺にとっては通るべき道が――あなただったと、
そう思えてならないんだ)
ダンボールの中は、特別元基に見られて困るものはなかった。
この写真だって別に見られて困るものではない。
だが、言い方を変えればこういう事だ。
元基では踏み込めない悦史の大切な想い出。
これだけは――この想い出だけは、早乙女麗士とその産みの親でもあった、とある男との物語だから。
そっとそっとその写真に口付けして、やがてライターで火を付けた。
大切な想い出は心に留め置けばそれでいい。
そうなぜか思えたから。
灰皿の中で形を失って行く写真が、やがて完全に燃えカスになった時、悦史は何故か
とても清清しい気持ちになっていた。
「た〜だいまぁ〜〜!」
元気の良い声がした。
元基は走りながら部屋に入ってきた。
「こらっ!学校の廊下じゃないんだぞ、元基」
「あ……ごめんごめん…早乙女先生…失礼しましたっ!」
ほぼ反省の色もない元基の口調に、悦史はしかめツラ。
(前の恋人はダンディで紳士だったのに、どうして俺は次の恋の相手に、こんな天真爛漫の
体育会系を選んだか…)
そんな風に呆れてはいるが―――――仕方ない。
元基を目の中に入れても痛くない程愛している。
彼は悦史がたどり着いた太陽≠フ化身みたいな存在なのだから。
「もっと早く帰って来るかと思ったが、意外に遅かったな。さては菊男選手団の成績…良かったんだな?」
「いや。残念ながら予選落ちだった。…OBとしちゃかなり落ち込んでるぜ」
「じゃあ寄り道か?」
「ああ、もう…そんな風に睨みつけないでよ。確かに寄り道した。同窓生でお茶しちまってさ」
「ほら見ろ」
悦史はコツンと元基の頭を叩いた。
元基は特にそれを気にしない。むしろ叩かれようが撫でられようが、悦史に触れられる事は
上等だと思っている。
「おや?悦史さん…ダンボール一応片付けようとはしたんだね?やりっぱなしだけど…」
「捨ててよいものばかりだった。あまり荷物を溜め込んでいても良くないし、あとの処分は任せた」
「ええっっ!?10ヶ月かかって結局捨てんのか?信じられねぇな、まったく」
「いやならそのままそこに置いておけ。お前がそう望むならば…な」
「その言い方はなんだか問題摩り替えてるんじゃ…」
「煩いぞ元基。ほぅら…今夜はお前持ちで外食だろ?わざわざ店まで休ませたんだから、
安酒場では納得しないぞ」
ツンと済ました悦史だが、元基はそれが愛しいと感じているらしい。
「まぁまぁ…慌てないで…ね?悦史さん」
いつもの定番の、悦史を後から抱きしめるポーズ。
抱きしめられていやがらない悦史は、完全に元基溺愛。
けれど、突然首筋にキスをする元基に慌ててしまった悦史。
「お、おい!跡はつけるなよ?」
「やーだな。そんな約束出来ないよ」
「殴るぞ?」
「殴られてたまるかよ。俺の方が絶対プロレスは優勢なんだし」
「………ガキが」
「はいは〜い、俺はガキだからね。あんたからみりゃケツの青いガキでしょうよ。ガキは
無節操ですからね」
ケンカはしていない。
今の状態はいちゃついている状態と言える。
ふたりはそんな日々に幸福を見出しているのである。
「バルコニー行こうよ。ちょっと見たいものがあるんだ」
「見たい――もの?」
元基に引っ張られて悦史はバルコニーに出た。
「あれ見て。すっごい月が綺麗でしょ?俺、眼鏡かけてないから月がダブって見えるの。
だから尚更綺麗に見える」
「ああ…とても…綺麗だ」
悦史はそう答えると、何故か泣きたくなってしまった。
昔見た双子月の事を先ほど思い出して、今また元基が同じ事を言うなんて…と。
「スゲェ綺麗だろ?あの月光って、俺的に絶対悦史さんなわけ」
「俺?それは喜んでいいのか?」
「もちろんっ!綺麗なものは全部俺には悦史さんだから」
「………お前、テレもせずに良く言えるな?」
「俺嘘は嫌いだからさ。俺もあんたと一緒にお月様になって一緒に輝きたいって思うよ」
悦史はそんな元基の言葉に大笑いした。
「百万年早いな。お前…俺と並ぼうとしているのか?」
「いや、それは無理だろ。たとえばあんたが月のお姫様だったとしたら、俺はせいぜい餅ついてる兎だ」
「兎だなんて、そんな可愛いタマなのか?お姫様を夜毎襲う兎なんて…」
「でも襲われてもお姫様は怒らないでしょ?ね?俺の姫…」
「俺は女じゃないんだが?」
「うん。俺、男のあんたが好きだし。アレがついてるあんたが好き」
「お前なぁ…(露骨…なクドキ言葉だな、まったく)」
そしてまた定位置に二人は納まった。
後から抱きしめて来る元基をやはり拒まない悦史。
「なぁ元基。お前は月になんかならなくていいんだ」
「え?やっばり月の女神ダイアナは自分だけが相応しいって言いたいの?」
「ああ、そうだ。ダイアナは俺だけでいい」
「じゃ俺は兎で…」
「お前はアポロンだろ?」
「へっ?ア、ア、アポロン!?太陽神かよっ!また凄くデカい事を言われちまったぜ」
「最大限に褒めてやってるんだぞ?太陽神とは言っても、まだまだ見習いの神様ってとこだがな」
悦史は笑ってそう言ったが、元基にはわかってる。
悦史が欲しい言葉は。
「あったかいお日様になってやるよ。俺が悦史さんをポカポカにしてあげる」
「それはそれは。お言葉に甘えよう」
「ポカポカどころか、汗汗にしてあげるから…ね?」
「何…するつもりだ?」
「そりゃもちろん、今夜は俺、あんたの専属ホストだから。なんでも言って。食事から帰って来たら
ベッドでの接待もスペシャルで付き合っちゃうし」
「フッ、良く言うな?俺よりもお前の方が我慢が利かないクセして」
太陽の暖かささえも、元基は持っている男だ。
だが悦史がずっと得続けたいと思うのは、元基の輝く陽光。
夜の喧騒の中に溶け込んでしまいそうなダイアナに、陽光の存在を知らしめるアポロン。
同じ種類に属してはいても、その輝き方が異なるからこそ、二人は惹かれあい結ばれた。
そして悦史は確信し、遠い昔の恋に叫んだ。
これが俺の愛だから。
俺がたどり着いた愛だから。
胸を張ってそれを告げる事が出来る。
あなたとの恋があったからこそ、俺は本当の光を手に入れたんですよ。
そして俺は――
何年ぶりかに、愛する男とこの生まれた日を自ら祝うんです。
俺はこう願うんですよ。
この先幾度も、元基とこの日を過ごしたいと。
フッ、もちろん――
そんな事は元基には言ってはやりませんけどね。
まだちょっと、安心はさせたくはないんだ。
元基(かれ)にずっと愛されて、夢中になっていて欲しいものですから。
俺も相変らず我侭な男です。
ハッピーバースデー。
――俺。
「双月-TWIN MOON-」 THE END
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