GUEST ROOM39-4
「仮面−第4話−」 作・夏野 行


アキラという名のその若者は、不快感を隠そうともせず哲平を睨んでいた。

射るような彼の視線を無視して、哲平はわざとゆっくりシャツのボタンをかけながら、さりげなく相手を観察する。


マスクはなかなかいい。だが、早乙女のようなオーラはない。肩から二の腕に続く筋肉の逞しさや、敏捷な動きは体育会系のものだ。まっとうな勤め人ならまず袖を通さない、通したとしても道化にしか見えない光沢ある紫の派手なスーツも、堂々とした体躯の彼にはよく似合っていた。
スクエアの眼鏡が目元に大人びた知的なイメージをかもし出しているが、素顔が意外に若いと気づいたのは、やはり仕事柄というべきか。

「お前、歳はいくつだ?未成年じゃないのか?」

紋切り型の質問に凄みを加えると、アキラの顔が見る間に強張った。

「フン…図星か」

感情的になっている相手は御しやすい。思い切り鼻で笑ってやった。

「違っ…違うっ!」

アキラの男らしい眉がつりあがる。

「いいさ、今回は見逃してやる。特別だぞ」

余裕の口調で言い捨てて。

「邪魔したな」

大股に部屋を出ようとした哲平に、鋭い一言が投げられた。

「もう二度と来ないでくれ」

「…なんだと?」

哲平の三白眼に怯まず、アキラはゆっくりと床に脱ぎ捨てられたままの、早乙女のシャツを手に取った。

「あの人にこんな真似…早乙女さんが許しても、俺が許さない」

「そりゃ、どういう理屈だ?」

喉の奥で笑いをかみ殺して振り返る。

「誘ったのはあっちなんだぜ?ま、どのみちお前には関係のないが」

沈黙したアキラが目を伏せる。

やれやれ、とため息をついて哲平が促した。

「おい。云いたいことはそれだけか?帰るぜ」

「…あの人は止めたほうがいい」

「なんだと?」

「あの人は誰のものにもなったりしない」

ゆっくりとアキラが顔を上げた。

「身体は受け入れてくれても…心まで差し出してくれる人じゃない」

「ほう」

鼻で笑いながらも何かが胸の奥でチリチリと焦げるように疼いた。
早乙女はこの若者にも身体を開いたのだ。その事実がなぜいまさらこうも堪えるのか。

「だったら、俺が手に入れる」

口に出して気づいた。
このドロドロと、はらわたが煮えるような独占欲はなんだ。
このアキラという男に感じている殺意に近い怒りはなんだ。

(あの男…早乙女を、俺だけのものにしたい)
いまだかつて、こんな焼けるような想いを抱いたことなどなかったのに。








明け方が近く、空に青が混じる時刻。

玄関前、一台のタクシーが止まった。キャメルのコートをまとった長身の男が車から降り立つ。哲平は煙草を投げ捨て、靴先で踏み消した。

「よぉ」

やってきた人影に声をかける。

「あなたは…」

ほんの一瞬、驚いたように早乙女がこちらを見た。が、すぐにその表情は魅惑的な笑みに変わり、滑らかな声が応える。

「どうしてここが?」

「調べりゃ、そんなものすぐに判る」

「それでまた、どうしてここに」

「誘ったのはお前だろ」

「すっぽかされたと思っていましたが」

「だから、わざわざこうして出向いてやったんじゃないか」

「困りますね…」

ふう、と軽くため息をついて早乙女は苦笑した。

半ば熱に浮かされたように身体を重ねてから、二週間が経っていた。その間、どこで調べたのか、哲平の配属課に名指しで掛かってきた早乙女の電話は計三回。どれもただ、店に来てもらいたいという内容を一方的に告げて切られた。

「ホストクラブの客になれるほど高級取りじゃないんでな」

フン、と鼻で笑ってから、哲平は顎を上げた。

「ヤるんならアンタの部屋で、ってのはどうだ?」

「…口の利き方を知らない人ですね」

微笑みを浮かべている早乙女の瞳は、冴え冴えと月の光を反射している。うつむいて、ゆっくりと早乙女がエントランスへ歩き出した。


気が急いていた。

はじめてセックスを知った十代の頃のように。

男のコートをむしりとり、現れた白い首筋にキリリと歯を立てながら乱暴にズボンのベルトを外した。

「飢えた野獣、みたいだな」

ドアに押し付けられ前髪を乱しながら、早乙女が荒い息をつく。その首筋に後ろから吸い付いて痕を残しながら、

「こういうのは、嫌か?」

荒っぽく前をまさぐる。

「…ってわけでもないようだな」

反応を示し始めているそれに喉の奥で笑いながら、一息に下半身を晒す。白く固く締まった男の下肢がむき出しにされる。

「……っ」

さすがに羞恥心が先立ったのか、早乙女が身体をひねって抗う素振りを見せた。

「いい加減にしろ!!相手は…してやる。だからベッドで…」

「待てねぇんだよ。ほら、おとなしく腰出せ」

両手でグイと開いたそこに指先を埋め込む。

「……っ!」

「いい感じだぜ。ちゃんとここも俺を待ってたみたいだな」

「やめっ………う!」

玄関タイルに膝をついて、哲平は顔を埋めた、ピチャと淫猥な音を立てて舌を狭い窪地に這わせる。淫猥なその姿に煽られたのか、早乙女が声を殺しながら額をドアにこすりつけた。

「声出せよ。隣近所をたたき起こすようなやつ」

「ば…かな事、いうなっ…」

「そうそう、その調子」

ニヤリと悪ぶった顔で笑って。執拗に指と舌で嬲るうちに、早乙女の腰がガクガクと揺れ出す。

「やめ、ろっ……も…う……」

低く呻く早乙女に、立ち上がり耳朶を唇に挟んで、囁いた。

「早いな」

「そ…んな、こ……うあぁっ!!」

強い力で前を握りこまれ、早乙女が短い悲鳴を上げる。

「教えろよ。なぜ電話した?」

「……」

「俺としたかったのか?」

唇を噛んだまま、ゆっくりと早乙女が振り返った。その額に汗の粒が浮かんでいる。無言で見つめる切れ長の眼が、切なげに細められた。

「答えろよ」

「………」

「だんまりか?」

「………」

「なら、こっちに聞くぜ?」

ジッパーを下ろす。もう痛いほどに熱を放ち疼いていたそれを、むき出しの双丘にめりこませた。

「あっ」

「い…いいぜ、締めつけてきて…狭い…っ」

立ったまま、背後から突き入れる。臀部の肉が引きつり、大きく震えるのが見えた。

「ひっ…うああぁっ!!」

「…おいおい」

腰を抱いていた手に生暖かな飛沫を感じて、哲平は眉をひそめた。

「もういっちまったのか?」

からかうように腰を揺らす。声が跳ね上がる。

「溜まってたのかよ」

「そんなんじゃ…ない」

かすれた早乙女の声音が含む艶に、驚いた。
顎を引き寄せるように顔を覗き込むと、眼をそらした男の顔には、はっきりと欲情がにじんでいた。目元が潤み、赤く染まって。薄く開かれた唇は濡れて、赤い舌が覗いている。

今まで見たこともない表情。はじめてみる顔。

ゾクリと背を走り抜けるものがあった。

「……っ」

ぐん、と容積を増した感触に、喘ぐ早乙女の声が混じる。

「ダメだ…俺ももう、止まらねぇっ!!」

不意に突き上げた衝動のままに、哲平は動いた。力任せにこじ開け、左右に揺すぶった。

「う…ああああっ!」

きつい角度で快感を擦りあげる。

「ひっ……うぁっ!あ、あっ、ああっ!」

放ったばかりだというのに、手に触れるそれはもう固さを増している。

「もう…感じ、過ぎ……あああっ!」

「いいぜ、俺…も…」

ピッチを上げて追い詰めてゆく。声を殺すことも忘れて、早乙女がうわごとのように声を上げている。目の前の髪が踊る。

「い…くっ…!!」

 

 

二人同時に昇りつめた後。
しばらくは双方、声も出せぬまま、玄関ドアにもたれて荒い息をついていたが、やがてゆっくりと早乙女が振り返り、こちらを見た。壮絶なほどの色香を残した顔が、半眼で哲平だけを見つめている。

「いい顔してるぜ」

知らず、呟いた。

「色っぽくてまた、やりたくなる…」

早乙女の眉がピクリと揺れた。形のいい濡れた唇を、キュッと白い歯が噛む。

「…これで気が済んだでしょう。…もう帰ってください」

早乙女の返事はそっけなかった。

「おい…ちょっと待…」

「帰れ!」

不意に叩きつけるように叫んで、彼の腕を押しのけ部屋の奥へと消えた。
やがて聞こえてきたシャワーの水音を遠く聞きながら、哲平はくしゃりと前髪をかきあげた。


 

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