GUEST ROOM39-6
「仮面-第6話-」 作・夏野 行


深夜の静まり返った病棟。
哲平は病室前の椅子に座って、頭を抱えていた。

カッとなって彼が振り上げたこぶしは、早乙女の肋骨にひびを入らせた。
医師にそう聞かされた時、頭が真っ白になった。
処置室で手当てを終えたあと、痛みを抑えるために早乙女は鎮静剤を処方されたらしい。
病室に運ばれる間ずっと移動ベッドに付き添っている間、早乙女は眠っていた。

廊下の暗がりで微動だにしない強面の大男を怖がって、目の前を行き交う看護士が早足になる。
病室に入っても構わないと言われたが、それはためらわれた。
怪我を負わせたのは自分だ。
早乙女が目覚めた時傍らに自分がいたら、何と思うかわからない。が、だからといってその場を立ち去る事も出来ず。
哲平は早乙女の目覚めを待っていた。

(あんなこと…するつもりじゃなかった)

今更そう呟いてみたところで、なかったことにはできない。あのとき自分を捕らえた灼熱のような怒りが、今では解せない。けしてあの綺麗な男を傷つけたかったわけではないのに。

「くそっ…」

いいようのない焦りに小さく呟いたとき、携帯が鳴った。
静寂の中、鳴り響くコール音に慌てて電話に出る。

「藤沢か!?」

とたんに、キンキンと喚く声が耳に響いた。

「今どこにいる!!」
「…病院です」
「まだそんなところにいたのか。さっさと戻って来い!さもなければクビが飛ぶぞ!!」

哲平が返した言葉は即答だった。

「今は戻れません」
「なんだとっ」
「俺はここから離れらない。朝までには戻りますから」
「……っ」

勝手にしろ、と捨て鉢な呟きが聞こえて通話は切れた。

「ふぅ………」

クビなど怖くない。そんな風に思う自分が少し意外だったけれど、とにかく今は早乙女のことしか考えられない。深い溜息をついて、哲平は病室に近づいた。スライドするドアを細く開いて、中を覗きこんだ。

枕元のスタンドが灯る中、早乙女は白いシーツに横たわったまま、眠っている。
青い病院着の胸元から覗く、真っ白なコルセットが痛々しい。
思わず深い溜息をついて、ドアを閉めようとしたとき。
哲平の視線を感じたかのように、早乙女が細く目を開いた。

「あ…」

ドアの向こうから覗く哲平に気づいて、早乙女はかすかに微笑み、それから急に顔をしかめた。

「あ…だ、大丈夫か!?」

慌てて病室に入り、枕元に哲平が駆け寄る。

「なぜ…ここに?」
「え、ああ…アンタが倒れたんで、病院に運んで、それから…」
「ええ。それは覚えていますが」

光る目で哲平を見つめてから、早乙女はゆっくりと言った。

「ずっと…私についていてくれたんですか」
「そりゃあ…俺のせいでこんなことになっちまったんだし」

目をそらしかけてから、哲平は思い切って頭を下げた。

「申し訳なかった。俺が全面的に悪かった」
「………」
「その…できるだけの償いはする」
「本当に?」
「あ?ああ」

早乙女の声に含まれた笑みに気づいて、哲平はおそるおそる顔を上げた。
ベッドに横たわったまま、美貌の男は満面に笑みを浮かべていた。

「ただの野獣かと思ったら、案外かわいらしいところもあるんですね」
「なんだ、そりゃあ」

ふふ、と含み笑いしてゆっくりと腕を上げる。指先で額にかかった前髪をかきあげ、早乙女は続けた。

「全面的に…悪いわけじゃない。挑発したのは私ですし」
「挑発?」
「ええ。他の男とキスしているところをあなたに見せつけて…どうするか見てみたかった。あの若い警官には少し申し訳なかったけれど」

絶句した哲平をチラと見て、さらに早乙女はクスクスと笑った。

「まんまと貴方は引っかかってくれて。嫉妬に燃えた目をして私を見て」
「し、嫉妬だと!?」
「違いますか?」

畳み掛けられてうっと詰まった。

「結果こんなことになるとは思いませんでしたが」
「……っ」
「まあ、それだけの価値はあったようです」
「……価値?」
「そうです」
「…おい…判るように言え」

禅問答のような会話に、苛々した哲平が唸る。
早乙女は穏やかな微笑を浮かべ、視線を天井に移した。

「私がいくつもの仮面を被っている、といったあの言葉は…たぶん本当なのでしょう。あなたがあの言葉と同時に私から仮面を毟り取ってしまった。今の私は赤子同然だ。あなたを相手に、もう取り繕うことすらできなくなっている」

ゆっくりと視線を哲平に戻して、早乙女がきれいな笑みを見せた。

「こんなに素直に欲しいと思った相手も、貴方がはじめてだ」
「なっ…欲しい…って…アンタが…俺をか?」
「ふふ。同じ事を二度とはいいませんよ」

この男は口説くのが商売のホストで。店で相手にするのは女で。
だが男相手にも手慣れていて。抱いてやると素直に反応する身体を持っていて…

「貴方に会えると思ったら、嫌な警察にも足が向いた。私にヘロインを売ったなんていう出鱈目は…木崎の逆恨みだと見当はついていましたしね」
「逆恨みだと?」
「ええ。バイトの面接以来、あの男につきまとわれて困っていたのでね。少し調べさせて、悪い噂が出てきたので、匿名で警察に情報を流したんです。ああ…だとしたらまんざら逆恨みともいえないか。私がリークしたのに気づいたのかもしれない」
「あんたっ……なんてぇ男だ」

思わずぼやくとふふ、と笑った早乙女が、全てを見透かすように彼を見る。

「惚れ直しましたか?」
「ほ、惚れ直す…だとぉ!?アンタいったい何言って…」

たまらず、ベッドに歩み寄ると男の顔の両側に手をついた。真上から見下ろすと、光る目が静に彼を見つめ返してくる。

「だ、だいたい…この前俺はマンションに押しかけて、アンタのことを…」
「……」
「あの後、電話に出なかったから、俺はてっきり…」
「ああ。気にしていたんですか?」

早乙女がクスリと笑う。

「時間を置いて焦らすのは恋愛の初歩、手管の常套、ですよ」
「……早乙女ッ!!」
「悦史、と呼んでもらえませんか。その方が…」

話の途中で飲み込むように唇を重ねた。唇を嬲り、強引に割って入ると、待ち構えていた熱い舌が応える。身震いするような興奮を感じながら両肩を抱き寄せようとして、ハッと手を握り締めた。

「ああ…ちょっとここでは、ね」
「……っ」
「そう急く必要はないでしょう。償ってもらう時間は、まだたっぷりありますし」

婉然と微笑んだ悦史は、手を伸ばして哲平の拳を引き寄せると拳にキスをした。

「私は逃げないし……貴方も逃がしませんから」

 

 

 

 

半月後。
コルセットのようやくとれた悦史は、久しぶりに帰って来た部屋を見回し、ソファにもたれて軽く吐息をついた。

「やはり、筋肉がおちてしまったみたいだ。すぐに息が切れてしまう」
「ジムにでも通ったらいい。なんならいい所紹介するぞ」

キッチンから応える声が聞こえる。
病院からこの部屋まで、哲平に車で送ってもらったのだ。

「そうですね…鍛えすぎて貴方のようになっても困りますが」
「あ?どうしてだ?」

冷蔵庫のペリエの瓶を運んできた哲平が、悦史に尋ねた。

「筋肉ばかりだと、セックスの時に抱き合ってもゴツゴツしてまろみがなくて」

さらりと答えると、見かけの割りに純情な彼の恋人は困った顔をした。

「ああ、いいですよ。医師のお墨つきも出たことですし。解禁にしましょう」

実際のところ、互いに処理しあったり、哲平のものを愛撫してやったり…といったライトな交渉は、病院で人の目を盗んでやっていたのだが、身体をつなぐことだけは頑として哲平が承知しなかった。これ以上骨のひびを大きくして、入院が長引いたりしたら堪らない、と言って。

「…んじゃ」

少しの間、解禁宣言に固まっていた哲平が、納得したように一度頷いて、近づいてくる。
その広い胸に強く抱き締められたとき、知らず溜息が漏れた。
もう何度も抱かれたのに、あのときと今では感じ方が全然違う。

(なるほど…仮面、ね)

心の中で小さく笑って、彼は力任せに恋人をソファに押し倒した。

「うわ、なんだ」

慌てふためく彼の着衣を獰猛な獣のようにむしり取り、犯す勢いで下肢の間のものを舐めしゃぶって。

「ぁ…あ……な、なにを…」
「わたしの好きにさせてもらいます。償い、ですからね」

一言そう宣告して、哲平の口元に自分の指を這わせる。

「舐めて。…濡らしてください」

おずおずと熱い舌が指の股を這う。それだけで震えるような快感がこみ上げ、哲平のものを愛撫しながら悦史は大きく背を震わせる。もう、弾けんばかりに膨れ上がったそれは、行き先を求めてヒクヒクと切なげに震えていた。それが愛しくて。さらに太い幹に舌を這わせる。

「あっ……やめ、ろ……いっちまうっ……」
「だめですよ、まだ」

顔を上げると唇からつう、と粘液が滴る。
哲平が舐めて濡らした指を、自分の後ろに這わせて、欲しがる自分を解放した。

「んっ…あ、ああっ…」

後を指でほぐしながら、もう片方の手で哲平のものを撫でさする。
熱い吐息と水音、細く長く喘ぐ哲平の声が、部屋に溶けてゆく。

「もう、いい…ですよ。ここに…ください」
「あ、ああ……うっ」

哲平の腰に跨って、悦史は自ら腰を落としてゆく。
穂先が入り口にめりこみ、鈍い痛みと同時に、震えるような快感が走った。

「ぅ…あ……いいっ……こんなに…感じたことって、ない…」
「ほ…ほんとか?」

尋ね返した哲平が大きく腰を揺らすと、楔は一息に奥までずるりとめりこむ。

「ひぃっ!ああぁっ…!!」
「ぐうっ…すげ、熱い…」

受け入れているのは確かに自分なのに。
顔を歪める哲平を見ていると、自分が彼を犯しているような気分になる。
高揚しきった気分のまま軽く腰を揺らすと、切なげに呻くのも、いい。

「感じてください…たくさん…」
「うあぁっ!……い、いっ………ひ、あぁっ」
「そうでしょう?もっとよくしてあげますから」

腰を激しく揺らす。ツボを心得た動きに、たちまち追い詰められて哲平の顔が赤く染まる。

「ほら……っ……も、もっと…ほしい、でしょう?」
「あ、ああ……すげ、いいっ……え、悦史……うぁっ」

名前を呼ばれて、キュッと締め付けたのがわかった。

「綺麗だ、アンタの顔…今までの、どの顔より…いいぜ」

−−−貴方が、そうさせたんです。

言葉にしないでそう呟くと、悦史は思い切り腰を落とした。

「う…あぁあっ!!」

余裕のない声が聞こえて、ぐうっと中で膨れ上がったものが中を押し上げ。
それが悦史を震えるほどの愉悦のるつぼに巻き込んで。

「うわっ………イクっ!いっちま……う…あああっ」
「っ!……あ、あ、あ、あああっ!!」

きつく抱き閉め合ったまま、二人は同時に高みへと昇り詰めた。





それから、長い時間。
抜き身を収めたままタフな身体に何度突き動かされ、何度吐精したのか。

「あんたを−−−愛してる」

快楽の果てに気を失う寸前、悦史は耳元で哲平の囁きを、聞いた。


 

 

 

 




END.

 




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